才能コンビニエンスストア

ショートショート

 男は口を開けたまま、その店を見ていた。
 見た目こそ普通のコンビニエンスストアと変わらなかったが、中に商品らしいものが見えない。レジカウンターには、ヒマそうな中年の店員が1人だけポツンと立っていた。

 好奇心に駆られた男はツバを呑むと、ゆっくりと店内へと入った。
「すみません。ここは……何のお店なのでしょう?」
 そう質問すると、店員は営業用のスマイルと共に口を開いた。

「いらっしゃいませ。当店はごらんの通りコンビニですが……扱っている商品が他の店とは少しばかり異なっています」
 男は改めて店を見回したが、アイスの冷ケースも、飲料用の冷ケースも、弁当用の冷ケースもない。それ以上に、棚こそあったが商品が1つも並んでいない。

「一体、何を扱っているんだい?」
「ズバリ才能です」
「才能? 俺たちに先天的に備わっているセンスのようなモノのことか?」
「その通りです」
 男は半信半疑のまま店員を眺めた。ただ単に出店準備が間に合っていなくて、からかわれているだけかもしれない。

 だけど、もし本当なら……リターンはとてつもなくデカイとも言える。
「そのセンスってヤツ、俺にも売ってもらえるのか?」
「はい。詳しくはこちらの冊子をご覧ください」

 店員の出してきたメニュー表のようなモノを見ると、そこには確かに様々な才能が商品として並んでいた。
 スポーツ選手の才能。ビジネスマンの才能。美的センスの才能。ライターの才能。法律家の才能。
 どれもこれも喉から手が出るほど欲しくなるような代物だが、料金がお金ではなく、俺の寿命から引かれるし、値段が書かれていないという変わった決済方法となっている。
「どうして値段が書かれていないんです?」
「それは、お客様の適性や年齢によって、料金が変わるからです」

 なるほど。確かに……小説家とか将棋や囲碁のプロも、何歳でプロになれるか人によって違うもんな。俺は納得しながらメニューを眺めた。
「じゃあ店員さん。このビジネスマンの才能をください」
「グレードは、レア、スーパーレア、レジェンドレアがありますが……どちらになさりますか?」
 どうせもらえるのなら、グレードの高い方がいいに決まっている。
 俺は鼻息を荒くしながら答えた。
「レジェンドレア!」

 そう大見えを切ると、店員は少し心配そうな顔をしながら聞き返してきた。
「どの分野でもレジェンドレアはお高いですよ……本当によろしいですか?」
 俺は少し大見えを切った。
「俺は人の役に立つ凄い奴になりたいんだ!」
「……わかりました」

 そう店員が答えた瞬間、俺の脳裏には、様々なビジネスマンの記憶が洪水のように流れ込んできて、みるみる目の前のカレンダーも2023年5月30日から、2073年の11月5日まで捲られていく。
「お、おい……これは……」
「お客様、窓の外をご覧ください」

 店員の指し示した指の先を見ると、俺は愕然とした。
 なんと店の外には、横断幕を掲げた大勢の人たちが集まっており、熱意に満ちたギラついた目で俺を眺めている。
【ビジネスマン総理大臣! 我が国を救ってください!!】

 俺は何だよこれと思いながら店員を見たが、そいつは当然のように言った。
「ここにも書いてありますが、一度お買い上げいただいた商品は返品できません」
 満面の笑みを浮かべた。
「人に尽くすというのは……大変なことですよね?」

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